第11章

歯車の止まる時 













南の軍勢は約8000。迫る東は約10000。この前撃退したにも関わらず、相変わらず東の兵の出所は分からなかったが、今回は然程の差がついたわけでもなかった。
東側の軍勢を指揮するルー・レドウィンはいまいち釈然としない態度で軍を進めていた。彼は、東に付きたくてついたわけでも、なりたくて四死天になったわけでもない。むしろ、彼としては北のほうが好きだった。
―――シューマが死んでから、色々と厄介なほうに進んでやがる……。
ルーは、貴族学校時代のシューマと一番の親友だった。幼い頃から親同士も交流があり、学校側に頼んで武術・魔術・政術の選択をするまでは同じクラスにしてもらっていた。
だが、その彼ももうこの世にはいない。
彼の好きな詩の中でも、生あるものいずれは土に還らん、という言葉があるが、どうしても納得できなかった。
彼にとって唯一の救いは、先日の西との戦いでファルという少年がシューマを殺したことを知り、その彼を倒したことで一つの落とし前はつけられた気がしたことだった。
―――もう……ゼロとは……和解なんざできねぇだろうな……。
ルーはベイトやシューマと比べると、然程ゼロと親しかったわけではないが、双子の妹であるジェシカが彼に好意を抱いていたことやシューマとの繋がりなどから多少の縁はあった。
だが、何よりゼロたち三人組とルーを分け隔てたのは、専門とする専科が、武術・魔術・政術の3種で、彼のみ魔術だったことにある。
武術は努力次第で如何様にも向上するが、魔術は持って生まれた才能が全てを左右する。彼はそれなりに優秀な生徒だった。だが、才能の面で同学年のムーンの影に隠れる形の“優等生”だった。そのためか彼は武術も学んだ。だが、ムーンはさらにその上をいった。
それが不満で、彼はさらに努力した。そして気付いた頃には一流の戦士となっていた。だが、決してムーンに及ぶことはなかった。
だから、子供みたいだが彼はムーンが嫌いだった。常に自分の上を歩く彼女が、嫌いだった。
だが運命は厳しく、彼を彼女の配下とする場所に位置づけた。
―――寝返りたいが、ジェシカのこともあるし……ちっ、世の中、嫌な風に回ってるぜ……。
ルーたちの軍は、南の軍を目前に控えた。
―――まぁ……まずは、南の暴れん坊王女を、懲らしめるとするか……。
それは言うまでもなく、フィールディアのことである。





「俺の名はライダー!コールグレイ家が末子、ライダー・コールグレイだっ!!」
叫びながら剣を振りかざし、猪突猛進。ミル目掛けて突撃をかけたようだ。
迫られる当の彼女は呆れたような感じだった。
「猪が一匹、迷い込んだか……」
焦ることもなく、避けようとしたのだが。
「え?」
ライダーの剣は、彼女のフードを切り裂き、左腕に大きな傷をつけた。
「くっ、何を……どういうことだ……?」
フードの取れた彼女は、非常に美しかった。
薄い色素の、白い肌に、薄紫の髪が、セミロングに伸ばしてある。
人形のように美しく、無表情で冷たい顔が、今は苦痛に苦しんでいた。
全体的に見ればかなり華奢で、細い身体つき。先程の攻撃力が信じられない身体だった。
「俺の剣は一つとは限らない。それだけは教えてやる!」
「ふん……。だが、どうやら舐めていては勝てなさそうだね……。四死天が一人……ミル・シャドウ。本気でいくよ……!」
彼女とライダーの駆け引きを見ていて、ベイトは思わず呟いた。
「流石、ライダーは強いな……」
その言葉を、テュルティは聞いていた。
「どうして、あんなに強い人が虎狼騎士じゃないの?」
「答えは簡単。ゼロがライダー君を苦手にしてて、ライダー君もゼロを敬遠してるから。犬猿の仲なのよ、あの二人」
いつの間にか隣にいたミリエラが答えた。
それを聞き、ベイトは苦笑した。
「子供みたいなことを……ゼロは言ってるんですね……」
流石にこれにはテュルティも呆れる。
「でも、ライダーの実力は西でも屈指ですよ」
カイを支えるミューがそう答えた。
「ちょっと、あの人が時間稼ぎしてくれることを期待しましょうか」
虎狼騎士六名は、一箇所に固まり、何やら作戦を立て始めた。
「お!天下の虎狼九騎将が、作戦会議かい?でもまぁ、お前らが寄って集って勝てなかった奴を、俺が倒せばゼロも俺に頭が上がらないってもんだろ!」
勝手にそう解釈し、嬉しそうに笑うライダー。彼には、戦いに対する恐怖心など、微塵もないようだ。
「それは、倒してから言うんだね……」
ミルが魔法の詠唱に入る。
その隙を、ライダーは見逃さない。
「魔法唱える余裕なんざやらねぇよ!」
また攻撃態勢に入るライダーに、ミルは不敵に微笑んだ。
その表情に、ライダーは本能的に危険を感じた。
感覚のままに、左に飛び退く。
!!!!!
気付くと、数秒前まで彼の立っていた位置に、大きな爆破されたような痕が残っていた。彼らを集めた最初の爆発音の縮小版のようである。
「ひゅぅ♪やるじゃねぇか!」
余裕の表情を見せるライダーに、ミルもまた余裕に笑って見せた。
「まだ……まださっ……!」
連続して今の魔法を放つが、ライダーは直感で避け続ける。
「当たるもんか!!そんな魔法なんざによ!」
魔法を、ほぼ詠唱時間なしのように放つミルと、全てを避け続けるライダー。二人の戦いは虎狼九騎将の彼らから見ても、別次元のように写った。
「す、すごいな……」
思わずベイトは声に出してしまった。
そして、ライダーがほんのコンマ何秒かの隙にミルに近付き一閃した。
しかし今度の攻撃は彼女を捉えない。
「なかなか……やるじゃないか……。西の騎士よ……」
ミルが挑発するかのように、言い放つ。そして、また魔法を放ち始める。
「はっ!生憎、剣術しか能がないんでね!!」
避け続け、隙あらば斬りに行くという二人の攻防は長く続いた。
そんな中、一つの爆破痕の所為でライダーの姿勢が崩れた。
「うぉ?!」
足場に力を感じないまま、焦る彼にミルは薄く勝利の笑みを浮かべ、今までの〈空間系〉の魔法タイプから、そっくりそのままの威力を〈直線系〉に変えて放った。
「ちぃぃぃ!!」
一か八か、剣でその魔法を叩き落とそうとするライダー。
それを見ても、余裕のミル。
ベイトは何か嫌な感じがした。
「ラ、ライダー!それは、斬っちゃダメだ!!」
だが、その忠告は遅かった。
叩き落とそうと振り下ろされる剣。
真っ直ぐに進む魔法。
その二つが衝突したとき、衝突点で激しい爆発が起きた。
!!!!!!!!
その爆発を眼前で受けたライダーは、激しく吹き飛んだ。
幸か不幸か、彼の身体は一本の大木にぶつかり、その下にぐたっと崩れた。
生きているか、最悪、死んでいるかも分からない。
ベイトらはそんな不安を感じた。
「はぁはぁ……なかなか、楽しかったよ……。さぁ、次は君たちの番だ……もうそろそろ体力も危ない……早々に倒させてもらうよっ……!」
六人は、一抹の不安を抱いたまま、再度彼女と対峙した。








!!!
!!!
!!!
激しくぶつかり合うゼロとヴァルクの戦いは、終わりが見えなかった。互い互いに、必殺の攻撃を放つが、両者ともそれを捌ききっている。
「流石!死神の二つ名は伊達じゃないなっ!ゼロっ!!」
まだまだ元気有り有りのヴァルクに対し、ゼロは、いや、アノンは少しずつ疲弊し始めていた。
「お?!どうやらそっちの楔は、疲れ始めたのかい?はっはっは!これだから連合軍の奴はいけねぇ!体力がないのなんのってな!」
ユンティがアノンを罵るように罵倒する。その言葉に対し、アノンはキッと睨むしかできなかった。いったん間合いを取り、ゼロが少し心配そうに尋ねた。
「アノン……大丈夫か?」
「あぁ……この程度……さしたる……障害には……」
強がってはいるものの、明らかに限界に近付いているようである。
本来、運命の楔は独立して戦っていた。そして、急時のみ、主の矛となって戦っていた。
だが、遥かなる悠久の時の流れの間に、彼女らは実体を持たぬ存在となった。個人の肉体のままでは長き眠りにつくことが叶わないから、ということであったが。
そして、まだ全力を稼動できていないアノンに、元々力量差のあるユンティ相手は少々堪えているようだ。
彼女は確かにアリオーシュの矛として最強を誇った。だが、彼女単体の力はそうではなかった。
「降参したらどうだいっ?!どのみち、お前じゃ勝てないんだよっ!アリオーシュの力と結びついての最強だったお前じゃな!」
ユンティの声が段々遠くに感じる。意識が、はっきりと保てなくなる。
「くっ……」
アノンは歯噛みした。己を憎んだ。
「ゼロ……すまない……」
ふっとゼロから何かが抜けた。限界に達し、アノンの憑依状態が保てなくなったようである。
「俺の力がもっとあれば、な……」
ふと、一瞬空を見上げるゼロ。
そしてまたヴァルクに、ヴァルクたちに対峙した。
「この程度、俺の力だけでも突破してやるさ……」
すっと刀を振り下ろす。ゼロの闘志が増した。





「ラスティどの……」
一気に老けたような、そんな雰囲気のあるゲーバークが、軍備の仕上げにかかったラスティに声をかけた。
「何用ですか?今は急時、大した話ではないのならばご遠慮頂きたい」
ラスティは目もくれなかった。
「最初の、最初だけでいい、私に指揮を取らせてはくれまいか?軍師として」
その言葉にラスティは不敵に笑った。
「何をお考えかは分かりませんが、万が一の場合に責任をとっていただけるならば、どうぞご自由に」
ラスティの返答の早さと中身に、ゲーバークは驚いた。
このような大事なことにいとも簡単に決断を下すことが出来ようか?
「か、忝い。このゲーバークの最後の舞台とさせてくれ……」
そう言い去って行ったゲーバークの後ろ姿を、ラスティは不敵な笑みを浮かべ見送った。
「本当に最後ですよ……」

「兄さん、どういうつもり?」
フィールディアは、ラスティに問い詰めた。彼らの問答を聞き、他人事ではないと考えたのだ。
「どうもこうも……フィールディアよ……」
ラスティは、フィールディアになにかを告げた。
告げたあと悠然と去っていく彼を見ながら、彼女は驚愕の表情をしていた。





「よしっ、そろそろ各自攻めるぞ」
ルーの投げやりな指示に対し、待ってましたと言わんばかりの東の兵たちが移動を始めた。
その光景を、ルーは遠い目で見ていた。
「悪いな……フィー。どのみち、お前らに勝ち目はねぇんだよ……」
その呟きには、何が込められているのだろうか。





「くっ!」
ミルの攻撃を寸前で止めるベイト、だが僅かながら彼の反応は遅い。
保ってあと数分、という感じである。
そこを、ミューとミリエラとテュルティの波状攻撃が加わった。
だが、疲弊している相手にもかかわらず、すんなりと避けられてしまう。
―――どうする?!どうすれば勝てる?!
ベイトは必死に頭の中で逡巡した。だが、答えはでてこない。
このままでは、勝ち目もない。互角に戦って見せたライダーも今は倒れ、実戦経験豊富なカイは負傷し動けない。
幸か不幸か、その状況が男としてのベイトの能力を最大限に引き出していた。男の意地のような、譲れないものがあった。
―――今まで、たくさんの戦いを見てきただろ?!ゼロはどう戦った?グレイは?ウォービル様は?……いつまでも……“誰か”に頼ってちゃいけないんだ!!!
ベイトの気持ちをそのままに振り切った剣先は、偶然にかミルの頬をかすめた。
まさか当たるとは、ミルは驚愕の表情をした。
「いい加減に……くたばれ!」
ミルの怒りそのままに放たれた魔法は、方向を誤ってか、意図的にか、それは分からなかったが、矛先をミューに向けていた。
完全に不意をつかれたミューは、呆気ないほどの“死”を感じた。
どこかしら、穏やかな生暖かい風を感じる。
―――これが……走馬灯というものでしょうか?
ふと脳裏をよぎる数々の思い出に、自問する。
最後に浮かんだのは、13歳の時に見た、未来の虎狼騎士団長候補と謳われたグレイのこと。このときから、彼女はグレイに惹かれていた。おざなりになり気味だった侍道に、力強い光が差し込んだ。目標ができた。
だが、彼女はグレイの死をまだ知らない。





「はぁ……はぁ……」
明らかにゼロは圧されている。初めは旺盛だった闘志の炎が、燃えつきかけている。実際は1対1なのだが、ユンティの憑依したヴァルクの強さは、今まで戦った誰よりも強い。
ふらふらのゼロに、ヴァルクは追い討ちをかけた。
虚ろな目で、上げることも容易ではない腕を上げ、その攻撃を捌こうと努めるゼロ。至って普通のヴァルクの斬撃だが、ゼロはヴァルクの攻撃を止めただけで、後方に吹き飛ばされた。
彼は倒れたまま立ち上がることも叶わぬか、死んだように、仰向けに地に伏せた。
その姿を見つめ、ヴァルクは高揚感のない自分に気がついた。
「やったじゃねぇかヴァルク!お前の夢も近いぜ?!ほら、早く首を斬っちまえよ!」
嬉しそうに、大きな声で笑いながらユンティがそう言う。だが。
「こんなの……俺の望んだ勝利じゃねぇ……。勝った気がしねぇ……」
そう言い、ゼロを一瞥したあとその場を歩み去るヴァルク。
ユンティは驚いたように彼に言い放った。
「はっ?!お前は馬鹿か?!折角のチャンスなんだぜ?これを逃したらもうこんなチャンスやってこねぇよ。意地張ってんじゃねぇよ!“普通”にやったらお前じゃ勝てっこないってば!」
「黙れ!!お前の力なしで、俺がゼロに勝った時……それが俺の本当の勝利なんだ」
ヴァルクの怒りに触れ、ユンティは面白くなさそうに姿を消した。
―――馬鹿みてぇ……。戦争してんだぜ?お前らはよ……。
その言葉を、分かっていながらも、ヴァルクは受け止められなかった。
「ゼロ……次は、俺だけの力でお前を倒す……」
もう一度振り向いたヴァルクは、倒れたままのゼロにそう告げた。



ヴァルクの気配が完全に去って、二人のエルフが出てきた。
無骨な大男と、鋭い雰囲気をかもし出している美女の二人。それは、エルフ十天使のナンバー1と2の、レリムとダイフォルガーであった。
「まずいですね……。この状況は、“森の意志”に反している……」
「まさか、アシモフもあのような駒を準備しているとは……」
「窮鼠、猫を噛む……鼠が虎に化けましたね……」
「極力干渉は控えたいですが、こうなっては致し方ない。彼を運び、全てを告げましょう」
ダイフォルガーの提案に、陰影の表情を見せたレリム。
「そう……ですね。……これからゼロに訪れることは……悲劇ばかりかもしれない……」
偶然か、必然か、レリムは西のほうを見つめていた。





ゲーバークの指示のもと展開した南の兵は、乱れることなく敵を待ち構えていた。最前線に騎兵を、第二陣に歩兵を。セオリーであり、南の兵法に則った、スタンダートな布陣であった。最前線には、グッディムの自由軍が構えている。
その陣を、遠く、シスカたちのいる本陣からラスティは見ていた。
「あの布陣でまとも戦えるのは、相手がよほどの熟練者か、同様の布陣で来たときのみだ……。東のルー・レドウィンと言えば、兵法も知らぬまだ子供。何を使ってくるか分からない。勝敗は見えましたな」
独り言のように呟くラスティは、眼が笑っていた。
「おいおい。ボクは負ける気はないんだけどな」
シスカがわざと困ったような顔をした。悪戯っぽい挙動は、やはり年相応なものであった。
「ご心配なく。戦いは常に守勢が有利。地の利のある我らに、敗北はありません。そのために、私が指示を出した兵たちを引き下げたのですし、神聖騎士団と紅騎士団を後方に残しているのですから」
ラスティの雄弁に、シスカは笑ってみせた。
「もしゲーバークが勝ったら、それはすなわち君の敗北だ。だが、ゲーバークが敗れ、君がここを守りきったら、君の勝ちだな」
この二人はどこか似たものがある。シックスと同じ考えを、二人を横目に見ながら、フィールディアは感じた。
「どうやら、始まったようです……」
ネルが呟いた。





だいぶ、奥に来たのか、空気が薄く感じられる。ユフィとジェシカは、何も話さずに黙々と歩いていた。
薄い空気、湿った空気、心地良いものではない。だが、その空気が段々と澄んできた。
さらに進むと重い扉が二人の前に姿を現した。それを二人がかりでなんとか押し開ける。
その先に広がる光景は、のどかな花畑であった。
「ここは……?」
ジェシカが思わず呟く。ユフィの知識にも、こんな場所はない。
二人は辺りをキョロキョロと見回しながら、花畑を進んだ。するとたちまちに光景が変わる。
辺りは燃えていた。熱さに、呼吸が辛い。どうやら“戦争”の光景のようだった。
歩くにつれ、様々な光景を見ることが出来た。
裏で行われているような取引。突然の裏切りや、裏工作によって暗殺された者。果敢に戦いに行き、帰らぬ者となった者。その人を想い、涙に沈み、眠るように死んでしまう人。笑いながら敵を殺していく者。憮然とした態度で、指示を出している者。
それらの光景に見入っているユフィは、ジェシカがいなくなったことに気付いていなかった。
そして、ふと見覚えのある少女を見つけた。
泣きじゃくりながら、一人の男性に抱きついている少女。その男性は、どことなくゼロに似ていた。そう、その光景こそがアノンと、アノンの本来の主、アリオーシュその人であった。
なにやら、別れを告げたのか、アノンはアリオーシュから離れ、不思議な装置の場所に行き、最後に彼に手を振った。今生の別れ、アリオーシュは、泣いているとも、笑って見送っているとも言えない、不思議な表情で手を振り返していた。そして、アノンが彼の視界から消えたようだ。
ユフィはまた歩き出した。そして、理解した。
これは……神々の戦争なのだろう。
そして最後に、アリオーシュの傍らにいる女性が、何かの呪文を詠唱するのが見えた。アリオーシュは彼女を支えている。それも、涙しながら。
そして、長い詠唱の末彼女の魔法が発動した。前方から向かってくる全てを焼き払い、潰し、跡形も残さない、地獄のような魔法。
「おそらくこれが……“禁忌”の一種として封印される、最強にして最悪の魔法、ヘルエンパイアよね」
 その効果を思い出し、確かめるように一人呟く。
ユフィはその光景を瞳の奥に焼き付けた。
これが、自分の探しているものかもしれない。
確証などなくとも分かる。これ以上の魔法はないということが。
だが、ユフィは気付かなかった。
その魔法を発動させた女性が、己の魔力の全てを使い果たし、姿形を維持できず、身体が崩壊していくのを。その彼女の崩壊を止めようと、無意味に抱きしめるアリオーシュの姿を。
ユフィはこれを知ったらどう思うのだろうか。彼女にそれほどの魔法を使うことは出来るのだろうか。
ユフィはさらに進む。
これは憶測に過ぎないが、この先に……魔法の番人とでも言うべき人がいるのであろう、という気がした。
全ての光景が消え、またあの花畑に戻る。すぐ先に、何の変哲もない、温かい雰囲気の民家があった。
ユフィはその家に足を運んだ。





ミューの命が奪われる、誰もがそう思った瞬間であった。
何か大きなものが、ミューの眼前に立ちふさがった。
それは、あまり意識することはなかったけど、いつも側にいてくれた人。
小さい頃の貴族学校以外での思い出には、いつも彼がいた。
いつも一緒だからこそ、気付かなかった、気付けなかった、彼のこと。
でも。今だから。
こんな時だから、こんな時にしか。
「カイィィィィィィィィ!!!」
彼女を庇って全ての攻撃を受けた彼は、物言わず地に倒れた。
彼の鎧の破片が、あたりに散らばる。
「ちぃ……もはや、限界か……。次に会ったときは、必ずだ。君たちを、皆殺しに……」
ミルが空間転移の魔法でこの場から消え去る。
それを見た、ベイトたちは、ライダーのもとへ駆け寄った。
ミューが一人、もう何も言わなくなったカイの傍らで涙している。
ミューの脳裏に、カイとのたくさんの思い出が浮かび上がった。
いつも、心配ばかりかけていた。
「私は……貴方に何をしてあげられたでしょうか……?」
いつも……護られていただけだった。
『私は、いつもお嬢様を見守っていますよ』
ふと、頭の中にカイの声が聴こえた気がした。
温かくて、優しい、大好きな声。
彼の頬にそっと触れ、そして優しく彼の瞼を閉じさせてやる。
ミューは泣くのをやめ、顔を上げた。
「カイ……貴方の仇は、必ず私が討ちます……。貴方のこと、忘れません」
ミューの気が、どこか流れを変えた。

ベイトはライダーの息を確認し、応急処置を施し、彼を運んだ。テュルティとリエルがそれを手伝った。
ミリエラは、ミューと残り、カイの供養をした。
「ミュー……」
かける言葉も、なかった。
だが、ミューははっきりとした声で言った。
「大丈夫です。もう、立ち止まりません。何があろうと、迷いません。私は、侍。己が信念を、貫くまでです」
最後にカイにもう一度印を切り、ミューは歩き出した。
その姿に、ミリエラは羨ましいと思った。たぶん、自分は彼女ほど強くないだろう。
そして、この差が、後に大きな結末をもたらすことに、ミリエラは気付くことはなかった。







満身創痍の西。
不敵な軍師を擁し、不敵なままの南。
何かを探すユフィ。
傷ついたゼロ。
そして、エルフ十天使の不可解な行動。
ムーンの真意。



それらが一つに繋がったとき、一体何が彼らを待っているのだろうか?
回り始めた歯車は止まることなく、終焉を目指し続ける。
























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